ほんのよこみち なブログ

不登校とひきこもり→就労準備中の子を持つシングルマザーが、このくにで生きることを考えながら、本と好きなことを語ります。

十二国記『図南の翼』を読んで考えた、最高権力者としての自覚と行動について。(ネタバレアリ)

 ほんのよこみちです。

ゆるゆると十二国記も読んでいます。

新潮文庫では『風の万里 黎明の空』の次は、『丕緒の鳥』になっているんですけど、

古参ファンの感覚では『図南の翼』が次なんだよね~。

なので、個人的な偏見で、次は『図南の翼』です!

 

図南の翼 (となんのつばさ) 十二国記 6 (新潮文庫)
 

 

この作品は、『風の万里 黎明の空』にも出てきた供王・珠晶が、王になる前のお話なんですね。

王になる前? 王になるまで、です。

つまり、『風の万里 黎明の空』までを読んでいる読者には、珠晶が王になるというオチは見えているので、そこまでのくだりをどう面白く書くか、という小野不由美さんの手腕が問われる作品なのですが。

いや~、面白かったです。

 

個人的に、前作で祥瓊を叱り飛ばした、威勢のいい珠晶が大好きなんですけど。

12歳の気の強い生意気な少女が、苦難の道のりをどう歩むか。

主役にラクはさせない作者として定評のある方ですが、これは今こそ読むべき作品ではないかと思いました。

 

自分の身を守る意識は大切

今作は、12歳の珠晶が、王になるために、妖魔の棲む黄海を旅するお話です。

護衛として、黄海に詳しい頑丘という男を雇い、彼にああだこうだと言われながら、珠晶は旅をします。

 

しかし、旅の途中で知り合った他の大人たちは、素人ばかりで妖魔の世界に踏み込んでいたり……。

当然、素人集団は苦労するし、次々と死者を出します。

そんな大人を見ていて、なんとか助けられないものかと、珠晶は考えますが、護衛の頑丘は自己責任論を持ち出します。

 

この辺のくだりを読んでて、今の自粛世界と通じるものがあるなあと、思ってしまいました。

特に、緊急事態宣言が出る直前の世界、とかね。

「大丈夫でしょ」って、出歩いてる人がいる。

「感染が怖いから」って、家にいる人もいる。

絶対安全なんてものはないから、個人で考えつく限りの対策をするべきか。

「大げさだよ」という声に流されて、同調すべきか、ラクをすべきか。

 

自己責任論って、正直好きではありません。

人間は、地球規模で考えると弱い生き物なので、助け合う方がいいと思っています。

ただ。

それも、自分が死なないという前提がある場合でのお話。

生きるか死ぬかの分岐点に立った時、自己判断が未来を左右するのであれば、自分の命を守るための選択をすることは、絶対必要だよね、と。

 

だから、防護服もマスクも満足にない状態で、医療従事者の方々が退職を決められたって、文句を言う筋合いはないわけです。

スーパーやコンビニの店員さんが辞めて、営業時間をどんどん短縮されていったって、文句なんて言えないわけです。

皆さん、ご自身の命を守る選択をされてるだけなんですから。

当たり前の選択をしているだけなんですから。

 

自分が生き残るためにどう行動するべきか。

そんなの、誰かに言われて右往左往するんじゃなくて。

自分で考えて、自分で判断して、自分で決めることは必要だよなあ、と。

『図南の翼』を読んでいて、すごく感じました。

 

100%自己責任論じゃなくて。

でも、政府に言われなかったら何もやらないんじゃなくて。

自分でどうするか、考えること。

そのことを、読みながらずっと考えていました。

 

国家元首の命は大事かもしれないけれど、国家元首自身がそれを考えたら終わり

『図南の翼』のもう一つのテーマは、権力者側の倫理観についてですね。

物語に登場する旅人は、皆「我こそは王になる」という意識で旅をしているので、妖魔に遭遇すればするほど、その倫理観が試されるようになります。

 

すなわち。

自分の命を粗末に扱ってはならない。

でも、王になるかもしれない自分の命が大事だからといって、自分の身を守るために他者を踏みつけにしてはならない。

 

珠晶の、素人集団に対する同情(無知ゆえに危険なことを平気でやっていることへの同情)は、最初は子どもの正義感でしかなかったかもしれません。

無知な奴が囮となるからこそ、妖魔から生き延びられる、その事実は否定しようのないもので。

だからといって、その状況を肯定し、自らの身の安全のために、他者を見殺しにしていたのでは、天はその者に王位を与えないんですよね。

与えたとしても、すぐに国家を傾けちゃうだろうしなあ……。

 

国家元首とは。

自らの身の安全を最低限確保しつつ、国民の窮地を決して見捨てないで、助けに行く者。

ひとりの血も流さずにすむことはできないと知った上で、悪し様に言われたとしても、ひとりでも多くの国民の命を守りに行こうとする者。

 

この認識、今、すごく必要じゃないですか?

国を動かしている方々に。

 

物語のきれいごとじゃん? 現実はそううまくはいかないよ?

いや、現実の方がもっと大変だからこそ、理念がないとどうにもならないんじゃないですかね。

行き当たりばったりのその場しのぎでは、この危機を乗り越えられない……。

 

十二国記の王たちは、もちろん架空の人物たちですので、有能だったり理知的だったりする王がいますよ、そりゃ。

今作の珠晶も、本当に自分をよくわかっていて、ものごとの道理もよくわきまえている、理想的な王様です。

だから、現実の政治家と比べるのは不公平だ、というのもわかります。

 

しかしね。

ちょっと見習ってほしいなあと思っても、ばちは当たらん気がするんですよね~。

我々国民も、あんまり政治家に対する期待値を下げてたら、その政治家の歴史的評価を下げるだけなので、政治家本人のためにならないんじゃないかなあって……。

 

まとめ

『図南の翼』を読んで考えたことと言えば、

  1. 国民も怠惰にならずに自分で考えよう
  2. 政治家は、死なない程度に自分の身を守りつつ、国民を守るために行動しよう

ということですかね。

 

まあ、国民に限って言えば、考えることのできる人とそうでない人がいますから、(考える訓練を受ける機会に恵まれた人とそうでない人、とも言えます)仕方ないんですけどね。

政治家は、考えることのできない人がなっちゃ、あかんでしょう?

 

この作品、初出は1996年2月なんですけどね。

現代の方が、より響いてくるのはなぜだろう。

 

ひょっとして、文学の読み方としては、邪道なのかもしれませんが。

半世紀以上、生きちゃうと仕方ないよね~、今さらねえ。

一つの意見として、おおさめいただければ幸いです。

 

ありがとうございました。m(_ _)m