ほんのよこみち なブログ

不登校とひきこもり→就労準備中の子を持つシングルマザーが、このくにで生きることを考えながら、本と好きなことを語ります。

大崎清夏さんの詩集『指差すことができない』を読んで、詩の文学性を再認識する。

ほんのよこみちです。

大崎清夏さんの『指差すことができない』を読みました。

 

指差すことができない

指差すことができない

 

 

大崎清夏さんは、この詩集で中原中也賞を受賞されています。

詩の朗読活動もされているようで、海外の詩のイベントにも参加されている行動的な方です。

 私もこちらの講座⤴に伺わせていただく予定なんですけどね。

第1回、第2回の講座でお話をうかがううちに、「世界の詩ももちろん興味深いけど、大崎清夏さんの詩の世界も面白そう……」と思いまして。

年始早々に行った本屋さんで、偶然見つけたので、買っちゃいました☆

 

ネットの口コミで「うまく言えないけど、なんか好きな本」というようなレビューがあり、なんとなく、そういうもんかなあと思っていたんですが。

ホントに「うまく言えないけど、なんか好き」ってあるなあと思いました。

 

物語世界の構築が好き。

大崎清夏さんは、物語の世界をつくりながら詩をつくる……というようなことを、前回の講座で仰ってたんですが。

詩の一つ一つが確固たる世界を持った小説のようで、短編集を読むような感じで詩集を読み終えていました。

面白い。

私の一番好きな詩は「暗闇をつくる人たち」で、これは二次創作したくなるパターンですね。(発想がオタクですみません💧)

暗闇を修理する人がいて、その人の仕事ぶりに憧れていて、でもその人がいなくなって、自分が代わりに修理することになって……って、一見王道ストーリーなんだけどそんな単純なモノじゃないのよ……っていう、それ!

「森がある」という詩も、不思議な世界に迷い込むような詩で、面白い。

詩ってこういう書き方もできるんだよなあと、あらためて感じた次第です。

 

自由と自立と自律をうたうような言葉が好き。

「ラ・カンパネラ」という詩に、次のような言葉があるんですでね。

所有格を離れると、熱望は鈴になる。 

 実はその3ページ前に、鈴はぶっ壊れそうになっています。

その上で、

視界いっぱいに、鈴がとんでゆく。

 ですよ。

なんか、胸があつくなります。

 

所有格というのは、人間に対する呪いの印ですよね。

もちろん、それを安心・安全・安定ととらえる見方もありますが。

個人を固有名詞ではなく、一般名詞にしてしまう道具が、所有格ですから。

たくさんの鈴がとんでいる世界って、いいなあと思います。

この詩もすごく好きです。

 

社会風刺は、ユーモアとかっこよさで。

この詩集の中にも、社会風刺の作品はあります。

それを読んでいると、やっぱりユーモアとかっこよさだよなあって思います。

日本人は同調圧力の強い国民性ですから、風刺があんまりうまくありません。

それも含めて、海外のニュース記事なども参照されていて。

そして、醜さに向き合って逃げない矜持、ですよ。

 

「うるさい動物」という詩の註にこんな言葉があります。

言葉は人間がさいしょに被る震災です。言葉は人間が毎日受けつづけている暴力です。

 詩人の方の言葉として、すごく重いですよね。

何気なく発した言葉が、これまでいかに多くの災害を引き起こしてきたか。

毎日、どれくらいの暴力を、他者に及ぼしてきたか。

わかっていても考えたくない現実と、向きあって考え続けている。

他の詩人の方も、あえて口に出されないだけで、皆さんそうなのでしょうけど。

言葉に真剣に向き合うことの、言葉という力に対する責任と自覚を、あらためて感じました。

 

まとめ

大崎清夏さんの『指差すことができない』を読んで、詩は文学である、ということを再認識しました。

物語性があって、ユーモアと矜持をもって社会とつながり、自由で自主自律している文学。

多分、そういうのが自分は好きなんだなあと、まあそういうことですね。なんだ自分語りかよ。

詩と小説との境目とか、エッセイとの境目とか、そういう細かいことはおいといて。

学問としての詩の追究とか言われたら、ちょっと何も言えなくなってしまうんですけど。

一般市民の目線で読むなら、大崎清夏さんの詩ってホント「うまく言えないけどなんか好き」というカテゴリに入ると思うんですね。

一般市民? ひょっとしてオタク目線では?

(近年、オタクと化した子どもたちとサブカルの話をしているので、感覚がどんどん普通のオタクに戻ってきている、30年前オタクだったワタシ……)

 

この詩集を読んで、詩とは何か……なんてことに頭を使う前に、好きな言葉を、好きな文章を、好きな世界を、楽しんでいいんじゃん? と、あらためて思いました。(……って、再認識してばっかりやな💧)

文学って、やっぱり人間を救うものだと思います。

学問としてとらえることで救われる人もいれば、人生を考えることで救われる人もいるし、心洗われたり楽しむことで救われる人もいる。

楽しみ方は人それぞれでいいし、こう読むべし! なんて受験じゃあるまいし。

だから、文学は面白いんですね。

 

明日からまた忙しい日常が始まります。

ゆっくり本を読む時間も、なくなってしまうかもしれません。

でも、文学を楽しめるのも、生きている間だけですから。

なるべく時間をつくって、そのとき読めるものを、楽しんでいきたいと思います。

ありがとうございました。m(_ _)m

 

指差すことができない

指差すことができない