ほんのよこみち なブログ

不登校とひきこもり→就労準備中の子を持つシングルマザーが、このくにで生きることを考えながら、本と好きなことを語ります。

『銀河英雄伝説Die Neue These 星乱 第三章』を観て、女性の人権について考える。

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ほんのよこみちです。

銀河英雄伝説Die Neue These 星乱 第三章』を観てきました。

 

gineiden-anime.com

 

原作2巻の終わり、星乱シリーズの最終章ということで、一緒に行った我が家の第二子はOPから号泣でした。

長いシリーズのまだまだ前半ですけど、戦争モノなので、いつ誰が死ぬかわからない……って、原作読んでるからわかってるんですけど、作者は皆殺しの田中とまで言われた田中芳樹氏なので、キャラたちが元気に生きていること自体が、愛おしくてたまらない、そういう号泣ってありますよね。

(以下、否、既にネタバレあります)

 

 

宮野真守さんの演技がすごい

ネット各地で大絶賛されているようですが、ホント宮野真守さんの演技がすごく良かったです。

元々宮野ラインハルトは、等身大の若者っぽいなあとは思っていたんですけどね。

この第三章で最も重要な問題のシーン(自重)、冷徹な支配者でもあるラインハルトの、21歳の若者としての部分を、圧倒的な演技力で魅せて下さいました。

銀河英雄伝説』って、あんまり感情的になるキャラクターのいない小説だと思うんですね。

ユリアンとか、若者が感情を出すシーンありますけど、30代以上の軍人が多いせいか、結構みんな冷静さを失わない。

なので、びっくりするくらいよかったです、宮野ラインハルト。

ぜひ、第三期(原作第3巻以降)をやってもらいたいです。

 

女が未亡人としての人生を強いられること

 『銀河英雄伝説』は戦争モノなので、未亡人や孤児は普通に登場します。

今回、子どもと話していて、戦地に行く前に恋人と結婚すべきか否か、が議論になりました。

自由惑星同盟の知将・ヤン・ウェンリーの友人であるラップは、恋人のジェシカと結婚せずに戦死します。

これを、うちの子は批判したんですね。結婚していれば、ジェシカは遺族年金をもらえたのに、と。

でも『銀河英雄伝説』の書かれた時代は、未亡人に一生亡夫への愛を誓わせるような、女性の自立を容認しないような時代だったんだよなあ……。

 

例えば、ラインハルトの姉・アンネローゼは、皇帝の妃のひとりですから、当然というか、皇帝の死後も再婚などしません。

自分には過去しかない、と諦めて、弟に庇護されながら余生つつましくを送る姉。まだ、20代半ばなんですけどね。

ま、再婚したら皇妃だった立場を失うわけですから、その社会的損失の大きさから、婚姻という形にこだわらない生き方もアリだと思いますけど。

でも、アンネローゼ以外の未亡人にも、この作品は、一生未亡人で生きることを強いています。

今、ものすごく壮大なネタバレをかましている気がしますが……。

ハイ、この作品の世界は、未亡人が未亡人であることを武器にしなければ、なかなか生きづらいように思えます。

 

結局、女にとっての結婚が、人生ゲームの「あがり」のように、認識されてたからなんですかねぇ。

今でも離婚した女は「性格に難がある」と考える人、いますよね。

妻にするなら初婚がいい。

当事者よりも親兄弟や親族が、それにこだわる場合があります。

なので、仮に死別であっても、一度稼した女ということで、結婚相手としての価値が下がるというような、そういうふうに感じる人がいるということは、否定できません。

 

だから「この戦争が終わったら、結婚しよう」なんでしょうね。

出征する前に結婚して、戦地で死んで、愛する女性の結婚して幸せになる権利を奪うことは、愛しているが故にできないから。

未亡人になってしまうと、苦労して苦労して、可哀想な人として生きていくのが当然だと、世間に思われてしまうから。

 

銀河英雄伝説』にも、職業婦人という単語がしっくりくるような、働いている女性もいます。

と同時に、専業主婦もいます。

一見、普通のことのように見えますが、専業主婦たちには恐ろしく決定権がない。

夫の赴任先である別の星系に、当然のように引っ越ししていくとか。

ある日いきなり、夫が他人の子を養子として連れ帰ってくるとか。

相談がまるでない。

妻が夫の付属品であるかのように、認識されている結果だと思われます。

でも、当の夫たちは、愛妻家のように描かれている。

女性の地位って、ホントに低かったし、当時を知る人たちが、今も低くて当たり前という考えを押し付けてくるから、日本は女性の地位が向上しないんだろうなあ……。

 

だから、物語の中でも、女性たちがどんどん薄幸になっていく気がします。

自由意志を表に出してるのって、長いストーリーの後半に登場する、10代後半の某息女くらいかもしれない。(しかも、結構気の強いおてんば娘のように描かれている)

 

物語ってフィクションですけど、その中で描かれる人物は、著者の見聞きしてきた人物観が如実に反映します。

だから、1980年代の小説には、1980年代の人間が登場していると思っていい。

現代のアニメとしての軌道修正を、『Die Neue These』はかなりやってくれていますが、物語の根幹はどうしようもなくて。

若いファンの方々には、そういう物語とつながる現実……という視点も、意識していただけると嬉しいですね。

 

女性だけでなく、今現在、一段下の立場を強いられている人たちの地位向上は、いつか自分が弱者になったときに、必ず自分を救ってくれるものだと思います。

自分だけは強者として救われたい、そのためには他者を蹴落とすことも厭わないって、究極の生き死にの現場でそう行動してしまうことはあるかもしれませんが。

門閥貴族思考は、格好悪い。

今、日本にも、門閥貴族のしっぽにしがみつこうとするような思考の人が、各所で見受けられる気がします。

日本に貴族はいない? そういうことじゃなくて。

本当に大切なものはなんなのか、やっぱり考えてしまいますね。

 

今日も明日も良い一日でありますように。

ありがとうございました。m(_ _)m

 

 

 

画像:Arceさんによる写真ACからの写真