ほんのよこみち なブログ

不登校とひきこもり→就労準備中の子を持つシングルマザーが、このくにで生きることを考えながら、本と好きなことを語ります。

双子のライオン堂さんで開催された【詩人・大崎清夏さんとめぐる世界の詩】の「第一回・中南米の女性詩」に行ってきましたレポート。

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ほんのよこみちです。

一昨日のことになりますが、双子のライオン堂さんで開催された【詩人・大崎清夏さんとめぐる世界の詩】の「第一回・中南米の女性詩」の回に参加してきました。

詩人の大崎清夏さんと、ゲストの駒井睦子さんのトークで、講座は進みます。

この回では、4人の中南米の女性詩人についての解説と、代表作の紹介がありました。

 

 

アルフォンシーナ・ストルニ(1882-1938)

 アルゼンチンのフェミニズム詩人として有名だそうですが、実はフェミニズム詩は全作品の1割とのこと。

1割なのにそれが代名詞になるということは、当時の状況がどうだったか……ということですよね。

幼少期に経済的に苦労していたり、100年前の時代にシングルマザーとなって差別を受けてたり、ちょっと個人的にすごく感情移入してしまう人ですね。

乳がんを患ったのちに自殺してしまうとか、あの世で出会ったら「頑張られましたね」と声をかけたい方です。

……って、日本語で言っても通じないか( ̄▽ ̄;)

駒井睦子さんが専門で研究されてらっしゃるようです。

www.seisen-u.ac.jp

 12/7に五反田の清泉女子大学で、アルフォンシーナ・ストルニの一日講座をなさるそうですよ⤴

「あなたは私に白さを望む」という詩では、女性にばかり要求を突きつける男性に対し、平等でありたいという願望を突き付けています。

 

ローリステリー・ペーニャ・ソラーノ(1989-)

 ドミニカ共和国生まれの黒人女性詩人です。

この方の詩集『卑劣』に、前述のストルニさんの「あなたは私に白さを望む」という詩が入っているということで、そこにもいろいろ意味がある……ということのようですね。

つまり、ストルニさんはいろいろ苦労しても、白人だから……と。

日本の中にいる日本人には、まだまだ肌感覚としてつかみづらい被差別意識ですが。

「水」「宣言」という詩にも、自由とか個人としての尊厳を欲している姿とかが、伺えます。

 

ナンシー・モレホン(1944-)

キューバを代表する詩人のひとりということで、なんかいろいろ賞を受賞されているすごい方みたいです。(無知ですみません)

キューバは黒人奴隷売買の中継地点だったので、「黒い女」という奴隷の歴史と解放を描いた、かっこいい詩を書かれています。

でも、詩に突然コミュニズムとか出てくる……ああ、社会主義国でしたねという20世紀の歴史と現実を突きつけられたりして。

 

ケティ・ブランコ(1984-)

キューバ出身の女性詩人で、大崎清夏さんのお友だちだそうです。

宗教学の学位を持っているような方で、今はスペインに移住して、文学活動をされているとのことです。

「誰かそこにいるの」「私は永遠に語れない」など、閉塞感を思わせる詩を書かれています。

まあ、というくらい、キューバでの生活は大変なようですね。

トランプさんが、いろいろしっちゃかめっちゃかにしてるしね。

スペインは文化保護にお金を使う国だそうなので、日本も見習ってほしいなあと思うのでした。

 

以下、考えたこと。

駒井睦子さんの、スペイン語朗読が楽しい。

 私はスペイン語って全くわからないんですが、駒井睦子さんが朗読されたスペイン語詩が、すごくいいんですよ~。

音のリズムとか響きとかを聞くだけでも、楽しい。

意味は分からないけど、音を楽しむってこういうことなんだなあと感じました。

外国語って、勉強しなきゃって思いながら聞くから「全然わからな~い💧」となったりするのかな、と。

響きやリズムを味わうだけでも、その国の呼吸を感じとれるわけですから、そういう国際親善活動があってもいいのかもしれないなあ……と思いました。

 

アジアの中にいると、人種差別に疎くなるという現実を知れ。

これは、私の意識が徹底的にアジアに向いているせいかもしれませんが。

(下の子からも「母さんの口から出てくる歴史上の人物は、モンゴル人と中国人」と言われてます)

なので、白人・黒人関係の空気感に気づくのに 、やっぱり一瞬遅れるんですね。

三国志』の孫権は、赤毛で青眼とかですけど、「そこ特に重要じゃありませんから!」みたいな感じでしたしね。

まあでも、今の世の中で「疎いんです~」じゃあすまないし。

海外の詩人の詩を読むということは、そういう自分の無知との対峙なんだなと、気づきました。

世の中には、知らないことがたくさんあります。

死ぬまで勉強……ですね。

 

100年たっても、女性の人権がテーマになることに絶望しない方法。

冒頭のストルニさんが1882年生まれで、ソラーノさんは1989年生まれ。

100年たっても、女性詩人は女性の人権をうたわなあかんのか~い、っていう虚しさは、あります。

人権問題を永遠のテーマにしちゃ、いかんでしょ。

でも、状況が改善しないのって、人類の半数が「既得権益を手放したくない側」だからなのかなあ……と勘ぐってしまうのですよ。

差別とは、己の無能感に打ち勝てない弱者のやる行為です。

他人を批判している限り、自分は強者でいられますからね。

てか、この世は、権力者が権力者でありつづけるための仕組みを、数千年も構築されてしまっている社会なんだな、と、そんな本をちょっと前に読みましたね。

  

www.honno-yokomichi.com

 まあ、そういうもんに対抗するなら、100年たっても大変なのは仕方なく。

でも、虐げられることに慣れてちゃ、状況はますます悪くなるばかりで。

だから、自分の無能さに嫌気がさしたとしても、絶望せず、安易に他者を批判して留飲を下げる心地よさに溺れることなく、生きてゆきましょう……ということですかね。

 

詩の文学性を語るには、知識と能力が必要。

文学の知識と教養は、現代ではなんか軽んじられがちですが、若いときにそういうのを身につけておかないと、年を取ってからでは厳しいです。

なので、若者の皆さんは、文学を摂取してくださいm(_ _)m

私は、小説より歴史レポートの方がおもろいやん、って感じたクチなので、文学の何たるかがわからないまま、50になってしまいました。

もう今さら無理かなって、薄々気づいてるのに、見えないふりしてます。

文学は大衆のもんじゃあ~、なんて、あほな虚勢はったりして。

 

今回も、『て、わた し』に載っている詩を翻訳された方が、その詩について語られる……というので、参加しました。

50の手習いで。

お話を聞かせていただいて、多分、講座の趣旨から離れた受け取り方をしている部分も、多々あるかもしれませんが、個人的には、気づきの多い時間をいただきました。

やっぱり、多少無謀でも、突撃してみるもんですね。

学びたい方向も増えたので(黒人奴隷の歴史についてとか)、楽しみが増えました。

ありがとうございました。m(_ _)m

 

 

画像:@SAIさんによる写真ACからの写真