ほんのよこみち なブログ

不登校とひきこもり→就労準備中の子を持つシングルマザーが、このくにで生きることを考えながら、本と好きなことを語ります。

『て、 わた し 第6号』を読んで考える、生きづらさと生きるということの共存。

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ほんのよこみちです。

ほんっと~に遅くなりましたが、GW最終日に文学フリマで買った『て、わた し 第6号』の感想まとめです!

 

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第6号の特集が【生きづらさを越えて生きる】ということで、それは私のライフワーク・テーマでもあるので、とても大好きな一冊になりました。

以下、著者名基準で感想など書かせていただきます。

 

 

成宮アイコさん 

今の10代20代の生きづらさをすくいとるような、とても切なくて胸を打つ作品を書かれています。

リフレインの使い方が非常に巧みで、迷宮のような若者の心情を、包み込むように表現されていると思いました。

個人的に「自分なんかがこはんを食べたからってなんだっていうんだ と思って」の部分が、うちの子みたいでどきっとしました。

 

ローリステリー・ペーニャ・ソラーノさん(訳:大崎清夏さん)

「水」という作品は、最初、文明論かと思ったのですが、その後の作品を読むと、女性の生きづらさを表現されているのだな、と。

女は黙っていると所有格で呼ばれ続ける、ということを思い出させてくれる作品です。

「歩く水は決めた/どんな文明も/芝生も潰さないと」の部分がカッコいい!

女だって個人として生きる、男も個人で生きて下さい、そういう意思表明かなと思いました。

 

小川葵さん

エッセイに書かれている、生きづらさの対処法がすごくいいです!

自分の中に幼児の自分を抱えるって、私もあちこちの精神科の先生の本を読みましたけど、それらに書かれている対処法とも一致します。

ぜひ、おすすめします。

 

荒木田慧さん

生きづらさを意識しながらも、枠の中で飼いならされてしまって、外に出ることができない現代人を、巧みに表現されています。

飼いならされているが故に、互いを縛って、でも縛られきれずに、内心で舌を出しながら、従っているように取り繕う。ラクだから。

わかりすぎて痛いです。

 

余秀華さん(訳:小笠原淳さん)

これが、がんじがらめの中国なんだなあ、と教えてくれる作品です。

余さんは「分娩時の酸欠により脳性まひを発症」って、出産時に産道にひっかかって出られなくなったってことでしょうか?

うちの上の子も、これで分娩中に心音が止まったので、会陰切開してもらって引きずり出してもらいました。

1970年代の中国農村部では、それも叶わなかったってことかなあと思うと、切ないです。

余さんが詩を書き続けられる中国であることを、願うばかりです。

 

タケイ・リエさん

ご出身が岡山県なので、田舎あるあるがすごくわかって、個人的にツボにはまって読みました。

田舎の生きづらさは、東京の比じゃないのよっていうか、旅行で行くのと生まれ育つのとは違うというか。

自分の部屋の電気が何時に点いている、ということまで、ご近所の人たちが普通に把握していて、常に監視されているみたいというか。

それで、出る杭は問答無用で打たれるので、私も東京にいます。

きっと今も「東京にいる」ということだけで、打たれてる。それがうちの田舎。

 

鳥居さん

短歌と楽譜とQRコードが掲載されていて、スマホから唄をきかせていただくことができます。

歌声が、アニメの美少女のようで、消費されるキャラを演じ続ける若者、というのをすごく感じました。

多才な方なんだなあと、紹介文を読みながら絶句しています。

 

クリストファー・ソトさん(訳:山口勲さん)

詩のかたちが独特で、真剣に読めよ!と言われているようです(^_^;)

でも、【 】とか//とかを多用するかたちが、面白い。

アメリカでマイノリティとして生きることは、実は中国で生きることと大差ないんじゃないですかね、と思ってしまいました。

それが、息継ぎもさせないような長文や、記号で区切られた言葉に、表現されているように感じました。

 

あおきりょうさん

生きづらさの根本が「コミュニティへのコミットメント」だと書かれていて、その着眼点になるほどと思いました。

LGBTであろうがなかろうが、実は自分こそが唯一の存在でありたいと願う、人間の性。だから、他のマイノリティを叩く。

真理ですよね~。

 

宮尾節子さん

宮尾さんのこの作品は、文学フリマで朗読を聴かせていただきましたので、今でもそのお声で読んでしまいます。

犬の詩、のように思いつつも、多分、人間の切なさを描く詩、なんだと思います。

連載詩ということで、この詩がどう続くのか、気になります。半年後まで待てということですね。ああ、犬は読者ですか? そういうことですか?

ものすごく親愛の情にあふれた作品です。でも、噛みません。

 

佐々木美佳さん

エッセイの中の、次の文章が、非常に心に残りました。

「そもそも、詩の前を通り過ぎてしまう人にとっては、詩は必要ないものかもしれない。けれど詩の声を聴き、立ち止まった人の歩みを変えてしまうものでもある」

文学ってそういうものですよね。

否、文学に限らず、すべてのモノゴトはそうなのかもしれません。

だから、自分の感覚は疎かにしてはいけないんですね、自分の人生をいきるために。

 

 

まとめ

ということで、個人的な感想をまとめてみました。

『て、わた し 第6号』は、読みごたえがあるだけでなく、表紙のデザイン、色づかいもきれいで、挿絵の方々も作品を下支えしておられます。

見た目の情報量があまりに多いと、ちょっと疲れてしまうのですが、この本は詩を殺さずに活かすバランスで紙面をつくっておられるので、助かります。

良い本をありがとうございました。

 

考えたこと

この本を読んで、人類の歴史について考えてしまいました。

人間って、生物的には弱い生き物ですから、祖先たちは群れをつくることで生き延びてきました。

それが、コミュニティの始まりですよね。

生きるために、群れに同化して、集団でいる安心感を得ようとしたんですよね、弱い生き物だから。

傷つきたくないから、同化して、群れる。

ひとり違う行動を取って、群れからはぐれる者があれば、つまりは死を意味します。

ひとりの勝手な行動が、獲物をしとめ損ねたり、逆に捕食動物に見つかる危険性をまねいたりします。

だから、祖先たちの中では、同調圧力って必要事項だったんだろうなと思うんです。

 

ただ、世代を重ねるうちに、移動生活をやめて定住化するようになると、群れを支配しようとする者が現れます。

移動生活していた頃も、リーダーは存在していたでしょうけど、あくまで生き延びるための統率者だったので、従うことが群れの安心につながったものと思われます。

一方の支配者は、富を蓄積することに長け、貧富の差を決定化させます。

支配者は、力で他の者を抑圧します。

捕食動物に対する恐怖も「生きづらさ」だったでしょうが、他者からの抑圧も「生きづらさ」ですよね。

 

人類の歴史って、生きづらさの歴史だったんでしょうね。

 

抑圧してくる支配者って、集団に同化しない身勝手な者、と受け止めることも可能ですよね。

だから、同化しない相手が危険分子に見えてしまうのかもしれませんね。

抑圧されたくないから、危険そうに見える他者を抑圧するんですね。

人類の歴史って、いじめの歴史でもあるんですね。

みんな、怖くてたまらなくておびえている。

 

だから仕方がないっていうんじゃなくて、手を取り合うこともできるはずだって思うんです。

私も聖人君子ではないし、苦手な人はいます。

理不尽な言いがかりをつけられれば腹も立つし、貪欲に甘えられるのもしんどいです。

 

でもね。

いろんな問題を解決しようとみんなで頑張ってきたのも、人類の歴史ですから。 

 

個人にできることなんてたかが知れているかもしれませんけど。

もっともっと自分の生き方を考えていかなきゃな、と思ったのでした。

 

『て、わた し 第6号』を読めて、本当に良かったです。

ありがとうございました。