ほんのよこみち なブログ

不登校とひきこもりの子を持つシングルマザーが、このくにで生きることを考えながら、本と好きなことを語ります。

40代最後の秋に、初めてプリキュア映画を観て感じた、寛容と依存の間(ネタばれあります)

ほんのよこみちです。

40代最後の秋にして、生まれて初めてプリキュア映画を観に行きました!

映画サイトとウィキはこちら⤵

映画HUGっと!プリキュア♡ふたりはプリキュア

プリキュアシリーズ - Wikipedia

 

 

いえ、プリキュアシリーズは全然まじめに観ていないので、あれこれ言う立場にないんですけどね。

今期のプリキュアは、おおっざっぱに観ていたりもするんですけど、まあそれくらいで(^_^;)

15年も続いている変身して戦う女の子たちの物語・プリキュアですが、その敵に対する寛容の姿勢に、いろいろ考えてしまうのでした。

 

 

以降、ネタばれあります。

 

 

今回の映画は、謎の怪物ミデンがプリキュアたちの記憶を奪うことで、自分の満たされない孤独を癒そうとするものの、ままならず、最後はキュアエールにすべてを受容されることによって、救われる……という、懺悔と許しのストーリーでした。

欲望のままに他者を傷つけるミデン。

プリキュアたちも記憶を失うことで幼児化するなど被害を受け、なんとかミデンを倒して奪われた記憶を取り戻そうとします。

そんな中、キュアエールだけがミデンの中の孤独に気づき、ミデンを逆に救おうとする。

ミデンの悪事を許し、友だちになろうと抱きしめる。

 

 

なんか『千と千尋の神隠し』の神隠しを思い出しませんか?

そう、ミデンってカオナシと同じ系統のキャラじゃないですか?

現代に結構たくさんいる、孤独な若者。

 

 

不寛容な世の中ですから、キュアエールの許しは重要なことだと思います。

悪を憎んで人を憎まず。

映画を観に来た小さなお友だちが、他者を許すということを、記憶のすみにとどめていてくれたらラッキーですよね。

泣いてる子を見過ごさず、ちゃんと声をかける。それって実はマネジメントの第一歩では?と思うんですけど。

 

 

そう思うと同時に、これって人間関係に難儀してる人間から見たら、キュアエールのような救い主に救われたいということになるんだろうなあ……と心配になってしまうのでした。

宗教、と割り切れるのなら、まだいい。

たとえば普通の一般人に、自分の救い主像を求めてしまったら、それはちょっと不幸な未来を導きそうです。

自分のすべてを認めて欲しい、受け入れて欲しい、許してほしい。

そう思うことは、傲慢以外のなにものでもありませんよね。

それができるのは、自分自身しかいないわけですから。

 

 

現に、その傲慢さを認められなかった場合に、ストーカーやDVといった犯罪に発展してしまっています。

日本の歴史の中で、なんとなく男女が共依存関係にあったような感じもしますので、親しき相手に全肯定を求める気持ちも、わからないでもありません。

ただ、キュアエールのような子が犯罪に巻き込まれる未来が、容易に想像できてしまって不安になってしまうのですよ。

もちろん、キュアエールには仲間のプリキュアもいますし、家族もいます。

ミデンが彼女にストーカーしようものなら、仲間のプリキュアが彼女を守るでしょう。

ただ……。

 

 

個人的には、『千と千尋の神隠し』でカオナシの身元引受人みたいになってくれた銭婆のような、第三者の介入が必要ではなかったかな、と思います。

ミデンはカメラの精霊ですから、まあカメラ本体をキュアエールが使うことでめでたしめでたし、となったのですけど。

ひとりの孤独を、別の誰かひとりが救う……というのは、重すぎます。

ひとりの孤独は、何人かで寄り添うことで、それぞれの負担も減るし、救われる側もコミュニケーションの経験が積める。

要は、ひきこもりの対応と似たようなもんかな、と。

 

 

物語の進行上、どうしても主役のキュアエールに焦点が集まってしまいますが、教育上の配慮として、老婆心ながら、以上のことがちょっと気になったのでした。

映画館には小さなお友だちがいっぱい来ていて、みんな「がんばれ~」っつってライト振りながら、プリキュアたちを懸命に応援しているんですもん。

そんな子たちが、将来、泣くような思いを、なるべくして欲しくないじゃないですか!

泣いてるお友だちには、優しく声をかけてあげて欲しい。でも、あなたひとりじゃなくて、みんなで仲良くしてあげてね。

 

 

やっぱ、私は銭婆になりたいです。