ほんのよこみち なブログ

不登校とひきこもりの子を持つシングルマザーが、このくにで生きることを考えながら、本と好きなことを語ります。

「他人からの評価が気になる」ということについて考える

こんにちは、ほんのよこみちです。

 

自分では頑張っているつもりなのに、他人から評価されない。

むしろ悪し様に言われてしまう。

そういう状況って、辛いですよね。

 

辛いから、誰かに愚痴りたくなる。

気持ちはわかります。

自分を罵った相手なんて、ギャフンと言わせたくなる。

ああ、最近では、ギャフンなんて言わないんでしたっけ?(苦笑)

人間ですから、自分を正義とした勧善懲悪のストーリーを望みたくなったって、不思議ではありません。

 

ただし現実は、そのように動けば動くほど、願うようにいかなくなる場合があります。

自分と同じように、他人にも正義がありますから。

 

 

そうやって苦しんでいる人が、私の周りには何人もいます。

時に、私自身が「悪し様に言っている側」とされてしまうこともあります。

そんなつもりではなくとも、受け取り側にとって都合のいいように、事実って変化しますからね。

耳をふさいでしまうと、どんな言葉も信じられなくなってしまうかもしれません。

どちらも、やる気がなくなってしまいますよね。

 

 

最初に「頑張っていた」のは、いったい何のためだったんでしょう。

皆のため。

自分のため。

 

本当は、他人から評価されて心地よくなる自分のため、じゃないですか?

 

 

とりたててアピールしなくても、人のため、自分のため、であれば、行為そのもので満たされる場合があります、

その行為をする事で、自分のスキルが上がるとか、精神修練になるとか。

行為をさせていただくことで、喜びを感じることもありますよね。

 

そりゃ、他のことをしていた方が、ラクかもしれません。

行為自体に苦痛を感じる場合は、喜びどころじゃないですしね。

 

 

結局のところ、自分の考え方ひとつ……という、身もふたもない結論になってしまうのですが。

でも、他人を変えるのは、悲しいかな非常に困難ですからね。

比較的簡単なのは、自分を変えること。

 

 

勿論、学校など狭い人間関係の中だけに閉じこもっていると、他人からの悪し様な評価が、さらなる攻撃に転換されることもあるでしょう。

会社ならば、自分が壊れる前に、そんなコミュニティからは退散した方がいい。

所詮、人間の集まりにすぎませんから。

ご近所づきあいのように、すぐに逃げ出すことが困難であれば、他にコミュニティに自分の居場所を見つけるとかですね。

 

 

もっと評価されたいと思うなら、例えば自分から、他者を評価しにいくとか。

誰でも、いいところの一つや二つは、すぐにおいて思いつきますから。

 

などというように、考えれば考えるほど、次々いろいろ出てきます。

今、これを読んで下さっているあなたも、ご自身の意見をお持ちでしょう。

そういうふうに考えることの力についても、感じてしまう今日この頃です。