ほんのよこみち なブログ

不登校とひきこもりの子を持つシングルマザーが、このくにで生きることを考えながら、本と好きなことを語ります。

学校に、いじめをなくすシステムはないのかもしれない

こんにちは、ほんのよこみちです。

本人のプライバシーのため、これまで記載してきませんでしたが、我が家の家族には未成年者がいます。

その未成年者が、先日学校に行きましたところ、次のような書き込みが机に赤ペンでされていました。

 

 

しねば

 

 

クラスの子の中に消してくれたお子さんがいたようなのですが、ちょっと笑ってすませることじゃないなと思ったので、学校に電話して話してみました。

すると。

 

 

「朝、見回りの職員が気がついたので、これから職員で話し合いますので、明日、結果をお知らせします」

 

 

気づいた時点で、子どもが目にする前に消すという判断はできんかったんかい⁈

 

 

翌日夕方、学校に出向きまして、学年主任の先生他とお話をさせていただきました。(担任の先生は、数日前から体調不良でお休みでした)

先生方も、別に話がわからないお気楽さんというわけではなく、非常に真剣にとらえて下さってました。

そもそもうちの家族は、昨年度も一昨年度も不登校で、適応指導教室に通っており、今回も翌日から適応教室の生徒となっていたのですが、そのことにも好意的で、謝罪もして下さいました。

なんですけどね。

 

 

なぜ、朝、生徒が教室に入る前に消してくださらなかったのか。

 

 

先生とお話していて、「証拠」という単語がよく出てきたのに気づきました。

どんな対応をするにしても、その根拠となる「証拠」が、確たる存在として立証されなければ、教師は全く動くことが出来ない。

司法の現場かよ、とツッコミ入れたくなるほどの、公立学校ゆえのことなのかもしれませんが、一にも二にも「証拠」なようです。

クラスメイトのお子さんが消して下さったのも、「消してしまった」という感覚のようでした。

「証拠」として残して、文書に記録して、会議に諮って、そこで決定がなされなければ、教師が個人の判断で動くことができない。

それが、学校という現場のシステムなんだと感じました。

 

 

なので、未然に防ぐとか、火を小さなうちに消すとか、そういうのはないんですね。

「証拠」をあげて「犯人」をつきとめて「さばく」。

やってることは「判事」でしょうか。

 

 

私は今回、「犯人捜しに意味はありません」と先生に言いました。

書いたお子さんを見つけて「お前が悪い」と言ったところで、何が解決するのでしょう。

その子は書きたかったんです。「しねば」と。

あえて「死ねば」としなかったところに、その子の迷いが見えるように感じます。

書くのが良いことではないと、その子もわかってるんんじゃないでしょうか。

でも、書いた。

書いてしまうような状況にその子はあった。

その事実は、大人が認めるべきです。

その上で、なぜその子はそこまで追い詰められていたのか、大人が考えるべきでしょう。

尋問したところで、すでに警戒心はびんびんですから、答えてくれるはずはありません。

その子の気持ちになって、想像してみる。そこから始めないと。

 

 

よく、いじめをしたら「退学」「停学」と言われますが、私はそういうのも好きではありません。

一度の過ちで、その子の人生をつぶすようなことをしたら、もうその子に行き場がなくなってしまう。

排除ではなく、すべての子が健康で文化的な生活ができるようにマネジメントする。

学校のクラス運営って、そういうもんだと思っていたんですけどね。

 

 

いじめをした子もされて不登校になった子も、社会システムから排除されて欲しくはありません。

人間だから間違えるし、過ちも犯します。失敗もします。

でも、そういう子にも、幸せになる権利はあります。

学校が、システムとして、子どもが過ちを犯すのを未然に防ぐ機能をもたないのなら、地域の大人ががんばるしかないですよね。

でも、どうやって?

私にも答えはないので、それを探していきます。